わたしの歩みを照らす灯

「わたしの歩みを照らす灯」 「あなたの御言葉は、わたしの道の光、わたしの歩みを照らす灯。」                      (詩編119:105) 誰でも自分はどうすればよいのか、途方に暮れることがあると思います。そんなとき、聖書はどのように道を示してくれるのでしょうか。「あなたの御言葉は、わたしの道の光」です。確かに、その人の歩むべき道を示す光が、聖書にはあります。しかし、何から何…

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あらゆる人知を超える神の平和

「あらゆる人知を超える神の平和」 「あらゆる人知を超える神の平和が、あなたがたの心と考えとをキリスト・イエスによって守るでしょう。」(フィリピ4:7) 時々、何も思い煩いがなくなったように思うこともあります。しかし、どこからか、また新たな思い煩いが生じてきます。自分のことがなくなれば、身近な人々のこと、今日のことが良ければ、将来のこと。思い煩いの中を生きるのは、正直、ストレスもたまるし、疲れ…

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思いわずらい、ストップ

「思いわずらい、ストップ」 「どんなことでも、思い煩うのはやめなさい。」(フィリピ4:6) やめたくても、やめられない。それが思い煩いではないでしょうか。一つのことが解決して、安心したと思ったら、別のことが心配になる。そんな感じではないでしょうか。小さなことでも気になることもあります。あるいは、自分ではどうにもならないことに悩み続けてしまうこともあります。どんなに堂々として、何事にも動じない…

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はじめに神が

「はじめに神が」 「はじめに神が天地を創造された。」(創世記1:1)  聖書はこの言葉から始まります。神が天地を造られなければ、何も始まりませんでした。聖書が教えるのは、何ものよりも大いなる神です。私たちの思いをはるかに超えた神です。 そのような神を知り尽くすことはできません。しかし、仰ぐことはできます。大いなる神を仰ぐとき、自分がどれほど小さなものであるか。そのことをも知るのではないでし…

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生きたパン

「生きたパン」 「わたしは、天から降って来た生きたパンである。このパンを食べるならば、その人は永遠に生きる。」(ヨハネ6:51)  聖書が「永遠に生きる」と言うとき、それは限りなく長生きするということではありません。どんなに日を重ねても、それで良いと心から思える今日を生きることができないなら、それはむなしいことではないでしょうか。聖書はこう教えます。「たとえ、千年の長寿を二度繰り返したとして…

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