生きたパン

「生きたパン」 「わたしは、天から降って来た生きたパンである。このパンを食べるならば、その人は永遠に生きる。」(ヨハネ6:51)  聖書が「永遠に生きる」と言うとき、それは限りなく長生きするということではありません。どんなに日を重ねても、それで良いと心から思える今日を生きることができないなら、それはむなしいことではないでしょうか。聖書はこう教えます。「たとえ、千年の長寿を二度繰り返したとして…

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わたしのもとに来なさい

「わたしのもとに来なさい」 「疲れた者、重荷を負う者は、だれでもわたしのもとに来なさい。休ませてあげよう。」(マタイ11:28) イエス・キリストが、人々をご自身のもとへと招かれる言葉です。ここで言われている「来なさい」という言葉は、とても強い言葉です。「とにかく来なさい。迷うことなく来なさい。ためらわずに来なさい。」これが招きの意味です。これこそ、キリストの招きであり、神の招きです。イエス…

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広々としたところを

「広々としたところを」 「広々としたところを行き来させてください。あなたの命令を尋ね求めています。」(詩編119:45) どうすればよいのか途方に暮れるとき、何をすべきかを指示されることはありがたいものです。命令は、人を縛る窮屈なもののように思う人も多いかもしれません。しかし、神を正しく知るなら、決してそうではないことがわかると思います。神を正しく知る人々は、どうすればよいのか途方に暮れると…

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内なる人は、日々、新たに

「内なる人は、日々、新たに」 「たとえわたしたちの『外なる人』は衰えていくとしても、わたしたちの『内なる人』は日々新たにされていきます。」(コリントの信徒への手紙第二4:16) 「外なる人は衰えていくとしても」とあります。衰えるといえば、体のことなのか、あるいは気力や能力のことなのか、と何となく見当がつきます。それは、逆らうことのできない現実です。誰でも年を重ねれば、「外なる人」は衰えていき…

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重荷を主にゆだねよ

「重荷を主にゆだねよ」 「あなたの重荷を主にゆだねよ、主はあなたを支えてくださる。」(詩編55:23)荷物を預けるように、簡単に「自分の重荷」を誰かにゆだねることはできません。自分の心と、その重荷がかたく結ばれているからです。簡単に人に任せられるようなものなら、それは自分にとって重荷ではありません。自分の心が「重い」と思うからこそ、「自分の重荷」です。自分でも耐えられない重荷ですが、人にも任せ…

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