「神に生かされている者として」

神に生かされている者として

「どんなことでも、思い煩うのはやめなさい。何事につけ、感謝を込めて祈りと願いをささげ、求めているものを神に打ち明けなさい。」

                        (フィリピ4:

「感謝を込めて」とありますが、それは神への感謝です。今、何事かに悩み苦しんでいるとしても、まず神への感謝を祈ります。そのようにしながら、神に向き合って、「自分」を取り戻します。どのような「自分」でしょうか。神に生かされている「自分」です。神に生かされている「自分」として、神に近づいて祈ります。

 問題が起きたときだけ熱心に祈って、ただその解決だけが欲しい者のようには祈りません。神に心を向けて、ここまで神に生かされてきた者として祈ります。神への「感謝を込めて」祈ります。

 そのように祈るのが、信仰をもって神に近づく道筋です。そのような祈りは、確かに存在しておられる神を見出すでしょう。今の悩みや苦しみの中でわけがわからなくなって、神はどこにおられるのか、などとは迷いません。私と共におられます。私をここまで生かして導いてくださった神です。神の恵みによって今日のわたしがあるのです。」(第一コリント15:10)改めて神を知り、神と共に生きる自分を知ります。

 どんなことでも、一人で思い煩うことをやめて、ここまで自分を生かしてくださった神に、求めているものを親しく祈ります。神の恵みに望みをかけて、その身をお任せするように祈ります。

「どんなことでも、思い煩うのはやめなさい。何事につけ、感謝を込めて祈りと願いをささげ、求めているものを神に打ち明けなさい。そうすれば、あらゆる人知を超える神の平和が、あなたがたの心と考えとをキリスト・イエスによって守るでしょう。」(フィリピ4:6~7)