「どんな思い煩いも」

『どんな思い煩いも』

「どんなことでも、思い煩うのはやめなさい。何事につけ、感謝を込めて祈りと願いをささげ、求めているものを神に打ち明けなさい。そうすれば、あらゆる人知を超える神の平和が、あなたがたの心と考えとをキリスト・イエスによって守るでしょう。」(フィリピ4:6~7)

「どんなことでも思い煩うのはやめなさい」と命じられています。「どんなことでも」というからには、何から何までです。例外はありません。

確かに、思い煩いもいろいろです。自分でも、何が原因かもよくわからないままに、心が晴れない状態が続くことがあります。おそらく、心に刺さる小さなとげのような数々の原因があるのかもしれません。あるいは、反対に、どうやって取り組んだらよいのか途方に暮れるような大きなことに直面して、思い煩うこともあるかもしれません。それだけではなく、大きいも小さいもなく、日々の仕事や生活の中から、思い煩いの種が消え去ることはありません。しかし、聖書は、この上なく明瞭、単純に命じます。「どんなことでも、思い煩うのはやめなさい。」

誰が、このように命じているのかが、決定的に重要です。無責任にこのようなことを言うなら、その本当の意味は、「どんなことでも、思い煩うことはやめた方がいいよ」という程度のものです。しかし、この命令の源は、神です。神を正しく知るほどに、この命令の持つ本当の意味を知ることができるにちがいありません。

「どんなことでも、思い煩うのはやめなさい。何事につけ、感謝を込めて祈りと願いをささげ、求めているものを神に打ち明けなさい。そうすれば、あらゆる人知を超える神の平和が、あなたがたの心と考えとをキリスト・イエスによって守るでしょう。」