「神の愛」

■『神の愛』

  「神は、その独り子をお与えになったほどに、世を愛された。」

                       (ヨハネ3:16) 

 神は愛です。神を信じるとは、自分のこととして、その愛を知り、信じることです。神が愛であるとは、抽象的なことではなく、神を信じる人々にとって、きわめて具体的なことです。キリストを知り、神の愛を具体的に知った使徒ヨハネは、その手紙にこう書きました。「わたしたちは、わたしたちに対する神の愛を知り、また信じています。神は愛です。」(第一ヨハネ4:16)この手紙を受け取った人々も、同じように告白しました。しかし、それは、いろいろな試練の中で新たに神を知り、信じるようにして、告白すべき言葉であったでしょう。

 神が愛であるならば、それをどのように知り、信じ続けることができるでしょうか。「その独り子をお与えになったほどに」とあります。「その独り子」とは、イエス・キリストです。ただ、この御方に目を向けることにおいて、神の愛を知ります。

 確かに、神を信じる人々の歩みの中にも、いろいろなことがあります。

神を信じたならば、万事が好都合に、人もうらやむように進むなどというわけではありません。むしろ、反対のように思われることもあります。しかし、そのすべてにおいて、神の愛を確認し、確信します。ただ、イエス・キリストに目を向けることにおいて、確認し、確信します。聖書に触れ、あるいは教会をお訪ねくださり、聖書が伝えるままに、キリストを知ってくだるようお願いいたします。

 「神は、その独り子をお与えになったほどに、世を愛された。」