何事につけ


「何事につけ、感謝を込めて祈りと願いをささげ、 

  求めているものを神に打ち明けなさい。」(フィリピ4:6)


「何事につけ」と教えられています。例外はありません。神にすべてを求めます。すべてを求めるべき神だからです。このことについては、この神に求め、あのことについては、あの神に求める。そのような神々の一つのような御方ではありません。「何事につけ」、神に求めます。世界とその中の万物を造られた神です。また、すべての人に命と息と、すべてのものを与えてくださる神です。しかし、同時にわたしたち一人一人から遠く離れておられる御方ではありません。探し求めさえすれば、見出すことができるように、私たちの生活を定めてくださった御方です。(使徒17:25~27)

 それゆえ、「何事につけ、・・・求めているものを打ち明けなさい」と教えられています。

 「打ち明けなさい」は、とても親密な関係をあらわしています。

 子供が親に対して、するように「打ち明けなさい」です。 子供が打ち明ける前に、親は子供が求めているものを十分に知っているかもしれません。それでも、親は、子供に「打ち明ける」ように求めます。求めているとおりのものを与えるためではありません。子どもと心を通わせながら、正しく導くためです。

 人間の親をはるかに超えて、神は私たちが求めているものをすべてご存知です。しかし、自ら進んで打ち明けるように求めておられます。私たちがすべてを求めるべき神が、私たちの心と考えを守って、共に歩もうとしておられるからです。


「何事につけ、感謝を込めて祈りと願いをささげ、求めているものを神に打ち明けなさい。」