一歩一歩を


「主は人の一歩一歩を定め、御旨にかなう道を備えてくださる。」

                       (詩編37:23) 

 聖書に、アブラハムという人物が登場いたします。神を信じながら、神が約束された地に100年ほど生活して、世を去りました。

 その終りについて、聖書はこう語ります。

 「アブラハムの生涯は百七十五年であった。アブラハムは長寿を全うして息を引き取り、満ち足りて死に、先祖の列に加えられた。」(創世記25:7~8)神を信じることにおいて満ち足りて死んだ、と語っているのです。言い換えれば、希望に満ちあふれて死んだ、ということもできます。しかし、約束の実現をことごとく目にしたということではありません。むしろ、神の約束の実現をめぐって、その信仰を試され続けながら、一歩一歩、歩みました。そして、その実現ということで言うなら、ほんとうに小さな光を見るような実現を経験しただけでした。しかし、彼にとっては、それで十分でした。

 なぜでしょうか。神に依り頼みながら、一歩一歩を進み、ますます神を知ったからです。神は約束を与え、まったく神ご自身が定めたとおりに、それを実現なさる御方だと知ったからです。

 今日の一歩も、神が定め、その次の一歩も神が導いてくださる。いろいろなことはあっても、神を信頼して静まります。神が共にいてくださるから、喜びます。そして、神が導いてくださるから、希望に満ちあふれて進みます。


 どうか聖書に触れて、最後までアブラハムが信じて従った神を知っていただきたいと思います。今、いろいろなことがあるかもしれませんが、聖書の神との出会いは、今日の一歩を大きく変えるものとなるにちがいありません。

 「主は人の一歩一歩を定め、御旨にかなう道を備えてくださる。」